後悔日和

わかりみ

bloodthirsty butchers『LUKEWARM WIND』(1994)

1994年リリースのbloodthirsty butchersの3rdアルバム。
初のメジャーリリース、レーベルはなんとTOY'S FACTORY。今じゃ考えられない組み合わせだなあ…
ちなみにジャケットのデザインが3種類あるそう。個人的には1999年のリイシュー盤のデザインが好き。(現在はすべて廃盤)

ブッチャーズといえば、次作『kocorono』(1996)が非常に有名だけど、個人的には、このアルバムを強く推したい。
1st『BLOODTHIRSTY BUTCHERS』(1990)から、2nd『I'm standing nowhere』(1993)、そして本作まで続いた、ポストハードコア的な流れの集大成的な作品だからだ。

サウンドは暴力的なまでの轟音。それもシューゲイザーのように美しい轟音ではなく、荒削りながらもどこか繊細さを感じる音塊が耳に飛び込んでくる。
そして、対照的に歌詞で紡がれる言葉はとても悲痛だ。

「つかむ嘘 先のことなど すべて見えている なんだかかなしい」(なんだかかなしい)

メジャー1stの1曲目で、こんな歌詞を持ってくるだろうか。自分だったらできない。
個人的にはブッチャーズを語るうえで、「轟音」と「叙情」という言葉が欠かせないと思っている。
しかし、このアルバムにはそれを突き抜けた「激情」を感じるのだ。

吉村秀樹射守矢雄小松正宏が生成する音と叫び(歌ではない。これはもはや叫びだ。)を聞き、歌詞の言葉を読んで、荒涼とした心象風景が徐々に見え始める。

「紙に今日を描く 今日を明日に写す 一行進んで繰り返す 毎日が同じ繰り返し」(ドント・ブレイク・ミー)
「昨日は死に 今日は生きて 明日を待つ 君はひとり」(トゥディ)
「君はその手を広げ 窓から海に飛び込む 違う世界を駆け抜け 僕を奈落の底へ」(ロスト・イン・タイム)

鬱屈とした歌詞世界だ。カオティックな轟音とともに、これらの言葉が容赦なく突き刺さる。
『korocono』は、まんま「季節」を感じるのだけれども、本作は救いようのない「痛み」も感じるのだ。

この「激情」や「痛み」という言葉に感じるものがあるのならば、とりあえずこのアルバムを聴いてほしい。
そして轟音に埋もれてほしい。可能な限り、大音量で。

しかし、とことんメジャー1stらしからぬアルバムだ。

ルークウォーム・ウィンド

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